種子から発芽したばかりの幼植物と成熟した植物体では、その大きさも器官の数も大きく異なります。植物体の地上部の成長は、茎の先端部にある茎頂分裂組織(Shoot Meristem)が常に新しい細胞を作り続けることで進んでいきます。分裂組織の細胞は盛んに分裂を行い、葉・茎・花器官などのさまざま器官を構成する細胞を生み出します。そこでは、未分化なまま増殖する幹細胞を保持しながら、様々な性質へと分化する細胞を供給するための巧妙なしくみが働いているのです。私たちは、分裂組織がどのようにして形成されるのか、また分裂組織からどのようなしくみで器官が形成されるかといった問題を、分子レベルで明らかにすることを目指しています。
図1 : 茎頂分裂組織は地上部のあらゆる器官を生み出す能力を持った、植物版「万能細胞」である。
1 ) 茎頂分裂組織形成のメカニズム
茎頂分裂組織は胚発生の時期に形成されます(図2)。つまり、この時期に植物の地上部全体のおおもととなる大事な組織が確立されるのです。これまでに私たちは、茎頂分裂組織の形成に必須な働きを持つ重要な遺伝子を同定してきました。これらの遺伝子はいずれも転写因子をコードしており、分裂組織が働くために必要な様々な遺伝子の発現を制御していると考えられます。現在、これらの転写因子や、それによって発現が制御される遺伝子の働きを詳しく調べることで、分裂組織形成のしくみを明らかにしようとしています。
図2 : シロイヌナズナの胚。左は球状胚の微分干渉顕微鏡像。茎頂分裂組織は頂端中央部に形成される(矢尻)。右は心臓型胚の共焦点顕微鏡像で、緑色は分裂組織形成に関与するタンパク質の一つをGFPで可視化した。
2 ) 花の形成メカニズム
種数で言えば陸上植物全体の9割は被子植物、つまり花を咲かせる植物です。その成功の理由の1つは、複雑な構造をした花にあると考えられています。花はがく片、花弁、雄しべ、雌しべの4種類の器官からなり、いずれも次世代の植物(種子)を残すと言う目的のために特殊化した器官です(図3)。花を咲かせて実を付けるには大きなエネルギーを必要とするため、植物は成長する間、常に日長や温度などの様々な情報を感じ取り、それらの情報を集積することで適切なタイミングで花をつけるよう調節しています。私たちは植物の器官形成の集大成ともいえる花の形成に着目し、花をつくる分裂組織の性質がどのような仕組みで決定されるのかを研究しています。また、花器官のうち、特に次世代の種子形成に重要な生殖器官である雌しべの形成メカニズムに関する研究も行っています。
図3 [上段] 「すべては葉である」「花器官は葉の変形したものである」(ゲーテ、植物変形論より)。この古くて新しい問題は、まだ完全には解き明かされていない生物学上の大きな謎である。
[下段] 左は花を作る分裂組織の走査電顕像。右は花の形成に関わるタンパク質の一つをGFP により可視化した共焦点顕微鏡像。