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副作用を軽減するがん治療を実現するDDS開発
高度なナノテクノロジーで医療に貢献
Lee Ruda (イ・ルダ) 准教授
IROAST国際共同研究員/産業ナノマテリアル研究所
(IROAST在籍期間:2017年1月~2021年12月)
ナノテクノロジーはナノ構造を応用した生物学と物理学の垣根を越えた技術です。とくに、ナノ構造体が注目されているナノ医療やナノベースのドラッグデリバリーシステム(DDS)の分野では、ナノテクノロジーの応用が期待されています。ナノ医療は、ナノサイエンスの知識と技術を医学生物学や病気の予防・治療に活用する新しい分野です。Lee Ruda准教授は、他の細胞に影響を与えずに患部に着実に薬剤を届けることで、慢性疾患の治療に複数のメリットをもたらす新しいナノ医療の確立を目指しています。
■ 乳がんや肺がん、パーキンソン病がターゲット
Q: 研究内容について教えてください。
Lee:私の研究は、ナノテクノロジーを活用した新しいDDSの開発です。高度な機能を持つナノ粒子を構築し、その粒子に包まれた治療薬を、体の正常な部分に有害な影響を与えずに患部へ送る技術について研究しています。使っているのは、好中球特有の受容体をターゲットにできるペプチド。特に、乳がんと肺がん、そしてパーキンソン病もターゲットにした、より良いDDSの構築を目指しています。
ほかの細胞に影響を与えず、直接がん細胞に薬剤を届けるこの技術は、治療の副作用を軽減できます。さらに私たちは、多剤耐性の克服と、蛍光イメージングによる疾患診断法にも焦点を当てています。今、診断と治療を同時に行うセラノスティクス技術が注目されており、私たちの研究も、ナノテクノロジーによって支えられているこの先進医療技術のさらなる発展に貢献することが目標です。
Q: 共同研究も積極的に進めているそうですね。
Lee:他の分野との共同研究でいうと、熊本大学内では、赴任当初から薬学系の本山敬一教授(グローバル天然物科学研究センター)と共同研究をスタート。そのほか、医学系のSheng Guojun(シェン・ゴジュン)先生(国際先端医学研究機構IRCMS)とも共同研究をしています。
海外との共同研究はもっと多く、2021年度には、感染症と免疫に関する研究で、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「地球規模保健課題解決推進のための研究事業(日米医学協力計画)」の研究費を獲得。この研究では、ハーバード大学の医学大学院とも共同研究を行っています。そのほか、私の大学院時代の指導教授で、DDS研究ではトップレベルの韓国の研究者、さらにオーストラリア、アメリカの研究者とも共同研究を進めています。
■ 基礎研究に強い日本行きを決意し、IROASTへ
Q: IROASTに来た理由は?
Lee:熊本大学に来る前は、イタリアでポスドクとして研究していました。さらに研究を進めるために所属先を探していた時、ウェブサイトで知ったのがIROASTです。
ただ、IROASTの募集はテニュアトラック制度の准教授としてで、私はまだ若かったので、採用は難しいだろうと思っていました。そこで、アメリカのミシガン大学とヨーロッパのマックス・プランク研究所にも応募。その両方から採用の知らせをもらっていましたが、これらのチャンスをあきらめ、IROASTの応募に集中することにしました。採用される見込みは全くなかったのですが、応募から半年後、ようやく採用通知を受け取ることができました。
IROASTに来るというのは大きな決断で、決めるのには少し時間がかかりました。私はドイツ生まれのヨーロッパ育ち。アジアで暮らした経験はなかったんです。それでも熊本大学のIROASTを選んだ理由は、日本が科学、特に基礎研究に強く、ノーベル賞受賞者も多いこと。私の母国である韓国に、距離的かつ文化的にも近いこと。そして、日本文化も好きだったからです。今は、IROASTに来て本当によかった、とても幸せだと思っています。
Q: IROASTの魅力はどんなところですか?
Lee:経験が浅い若い研究者は、所属先を得て研究を続けること自体が困難ですが、IROASTは研究費や共同研究の推進など、たくさんのサポートをしてくれます。今後、自立した、良い研究者となるためのチャンスを与えてもらっていると思います。
また、テニュアトラック教員に教授がメンターになって指導をしてもらえる制度もいい仕組みです。私には似た研究を行なっている新留琢郎教授が付いてくださっていて、とても感謝しています。研究室をお借りしたり、新留教授の学生さんと交流できたり、また、研究のための装置なども使わせて頂けるため、新たに購入する必要もありません。また色々と学ぶチャンスとサポートを与えていただけるのもありがたいですね。
テニュアトラック制度についても、すばらしいと思っています。多くの研究者がテニュアポストではない、任期付きの身分で働いています。そのため、任期を過ぎると研究者は異動し、研究テーマも変える必要があります。そのため、研究に集中し続けることが難しいのです。それに比べれば、私の場合、テニュア審査を受けてテニュアを取得した後は、もっと研究に集中することができるようになりました。そして、このテニュア審査によって、「もっとがんばろう」「もっと成果をあげよう」というモチベーションが生まれました。かつ、私たちは研究でIROASTと熊本大学に貢献できますから、Win-Winの関係だと言っていいと思います。
■ 女性研究者に道が拓かれつつある中で、研究できる幸せ
Q: 女性研究者として、大変なことはありますか。
Lee:日本のみならず、世界中を見渡しても研究者は男性の方が多いですよね。それはやはり、女性が出産や家族のことなどで時間を取られてしまうこと、さらに、家庭のことは女性の仕事という固定概念が今も根強いからだと思っています。女性は仕事に集中しづらい環境が今もあります。
私が、博士課程の学生だった時、指導教官がとてもフェアな人でした。学生を性別や年齢に関係なく公平に扱ってくれ、私は多くの論文を書くことができたんです。自立した研究者となれるよう将来のことについて多くの助言をしてくださいました。
私の場合、そのすばらしい指導教官に出会えたこと、そして、女性にも研究者としての道が開かれつつある時代に、若手研究者としてのスタートを切れたことがラッキーでした。今も大変なことはありますが、時代が少しずつ変化する中で研究できていることは幸せです。女性は、自分の環境を良い方向へと変える力を持っています。だから、自分が信じる道に集中して歩き続ければ、自立した研究者になれると思います。
Q: 海外の研究者へ、メッセージをお願いします。
Lee:日本に来てすぐは、打ち解けるのが難しいと感じることもありました。でも、時間がたつにつれてコミュニケーションも取れるようになり、助けてもらうこともあれば、共同研究を始めることもできるようになりました。できれば、日本語は少しでも勉強しておいた方がいいかもしれません。
熊本は、自然がきれいで人は親切、安全なのが最大の魅力です。私は熊本での暮らしを100%気に入っています。
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